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山王坊遺跡・日吉神社

十三湖北岸、山王坊川が流れる沢筋は「山王沢(さんのうさわ)」と呼ばれ、遺跡はこの山間の奥まった谷間に立地しています。現在は山林に囲まれた日吉神社(ひえじんじゃ)の境内地となっており、一帯は「山王坊(さんのうぼう)」とも呼ばれています。

菅江真澄との関連

寛政8年(1796)、菅江真澄はこの地を訪れています。『外浜奇勝』の中で、山王坊にかつて弘智法印(こうちほういん)が住んでいたことがあったと記しています。
この山王坊なる寺院は南部氏による侵攻により焼失、その後は地元の住民によって信仰はほそぼそなりとも続けられてきた。明治初年の神仏分離によって、それまでの山王坊の呼称は日吉神社と改名されました。
※弘智法印は貞治2年(1363)、越後国野積の西生寺(新潟県寺泊町)で入定し、ミイラとなって現在も祀られている高名な僧侶です。弘智法印は『十三往来』の作者とも伝えられていますが、定かではありません。

住所:青森県五所川原市相内岩井84